呪術を修得した話
『宇治拾遺物語』には、高階俊平の弟が呪術を修得した話が載せられています。
今では電話占いならココで簡単に占ってもらえますが、その時代では呪術は修行して身につけるものだったのです。
この者は筑紫で唐人にこれを習い、その才を認められて「日本は算を置く道にはよくない所だから、ともに唐に行こう」とまで誘われるほどだったのだが、兄などに止められて唐人との約束をすっぽかしてしまった。
怒った唐人は彼に呪いをかけたため、それ以降はすっかりぼけた人間になってしまったといいます。
あるとき、彼は若い女房たちが庚申待ち(庚申の夜を寝ずにすごすこと)をしている場に居合わせた。
一人の女房が「眠くてたまらないから、面自い話でもしてください」と言うと、彼は「話などはできないが、笑わせることならできる」と言います。
彼にそんなことができようかと女房たちがあざけり笑っている間に彼が算木を組み立ててしまうと、女房たちは涙を流して笑い転げ始めた。
女房たちは笑いをどうしても止めることができず、口もきけなくなってしまったので、ただ彼に手を合わせて術を止めるよう頼んだ。
彼が算木を崩すと、女房たちの笑いはぴたりと止まったのです。
本当に不思議な術であるが、これが易占とどういう関係にあるのか、浅学のためわたしにはよくわからないですね。
これは式盤(天地盤)という一種のルーレットを使う占いのことです。
やはり中国で生まれた占いで、漢代には民間にまで普及していたといいます。
日本へは推古天皇の十(602)年に百済僧観勒によって伝えられ、陰陽寮の管轄とされました。
『古事類苑』「方技部七」によると、式占とは次のようなものであったらしい。